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(山梨・リニア実験線)  


「リニアモーターカー超電導が21世紀を拓く」

京谷好泰 (元国鉄浮上式鉄道技術開発推進本部長・リニアモーターカー発明者)

≪2008年6月11日、東京での講演より、文責事務局≫


 ■新幹線からリニアへ

 私は最初に国鉄で新幹線の開発に携わった。輸送機関で大事なのは何よりも安全性なので、事故対策ばかりやっていた。その後、新幹線で実験をしていた仲間を連れて、リニアモータカーの実験を始めた。年配になった仲間が言うのは、最初からリニアをやればよかったということ。車輪や車軸にはまだまだ分からないことが多い。まさに経験の積み重ねで、その技術が今の新幹線になっている。世界の技術者が、新幹線はなぜ事故がないのだと聞くので、事故を起こさないように細かいデータを積み上げてきた結果だと答えている。

 最初は誰も車輪や車軸を触りたがらなかった。なぜなら、車輪や車軸は一本折れるだけで、車体がひっくり返るからだ。責任を問われると困るので、みんな逃げていた。そこで私は地方から呼び戻され、新幹線の車軸をやることになった。そんな経緯があるので、リニアの記者会見で記者たちに「車体を浮かそうというのだから、ついに足を洗ったのか」と言われた。「住友(車輌)から嫌われないか」とも言うので、「それは仕方ないが、将来はリニアになるだろう」と答えたのを覚えている。車輌や車軸は一つでも破損すると事故につながる。だから、何とか浮かそうと考えた。

 長年、鉄道をやってきたが、鉄道とは何か。要するに、案内されて走る陸上輸送機関(guided ground toransportation)である。自動車のように自分で運転するものではない。リニアの最初の記者会見で、超高速新幹線と発表したが、それは新幹線の発表でも聞いたと言われ、違う名称を求められた。超電導磁気浮上列車だと言うと、それでは新聞に書けないと言う。夕刊の締切りまで時間がないとせかされ、リニアモーターを使うから、全部カタカナで「リニアモーターカー」の名称にすることにした。

 次に、磁気浮上が言葉として難しい。外国ではマグレブ(maglev)と呼ばれ始めていた。日本も私が去った後、「ジェイアール式マグレブ」と呼ぶようになる。外国では、フローティング(floating)という言葉も使われ、かなり混乱していた。日米のリニア会議で最初の仕事は用語の統一だった。そうしないと議論がかみ合わない。リニアとは「線形」で、AからBまで真っ直ぐ行くことを意味する。車輪走行だと車体の下で車輪が回転している。回転体を展開して目的地に到達する。マグレブを使わなかったのは、アフリカにマグレブという地名があり、現地語で「日の没するところ」の意味だと聞いたからだ。新技術の名称としてふさわしくない。アメリカの担当者にそれを教えると、「だからアメリカの技術は沈んだのか」と言っていた。それに対して日本のリニアは浮かんだのだから、言葉の問題もおろそかにはできない。

 アメリカとは十数年共同研究し、途中からカナダやイギリスも加わった。イギリスは空気浮上方式を熱心にやっていた。車体の下から強い圧力で空気を噴き出すと車体は浮く。私が子供の頃、ピンポン玉を空気で浮かしたのを射的で撃つ遊びがあった。あれもエアークッションだ。国鉄でも面白半分で実験してみた。遊び半分でやらないと、いくらでも難しくなって、できなくなってしまう。その技術でイギリスでホバークラフト船が生まれた。

 そこでイギリスから大臣や技術者が揃って来日し、売り込みが始まった。元運輸省だからと応対に呼び出された私は、日本には空気浮上は向かないと断った。なぜなら、トンネルで使えないからだ。トンネルの中と外とでは条件が著しく異なり、日本の地形はそれが繰り返すので、難しい。空気浮上は山の多い国には向かない。日本ではリニアでやるしかないと分かり、イギリスはあっさり売り込みをやめた。みんなこれからはリニアの時代になると意識し始めていた。

 日本でリニアの浮上実験が成功し、その認識が広まると、ほかへの応用を考えるようになった。1986年に、スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故で日系二世のエリソン・オニヅカ(鬼塚)が死亡したので、リニアを使って発射することを提案した。そこで、宇宙物理学者の大林辰蔵東京大学教授と共同研究し、国際宇宙学会で発表した。ロケット発射はリニアが走るのと同じ原理で、私が絵を描いた。宮崎の実験線で走った三輌連結のMLU001の車体を取り払い、走体の上にロケットを載せた。時速500キロになるまではリニアで走らせ、その後、ロケットエンジンに点火する。

≪参考図書≫


 リニアを効果的に使うには少ない電力で強力な磁石を作る超電導物質の開発が必要だ。現在のリニア実験線では低温素材に液体ヘリウムを使っている。液体ヘリウムを使い始めた頃、多くの人から注意された。超電導が常電導になると液体ヘリウムが気化して、爆発すると。私はそんなことにはならないと言ったが、誰も信じなかった。簡単な技術ではないが、余り難しく考えると何もできない。
 
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中国がリニア先進国に

 今年、リニアモーターカーの視察に、中国から大挙してやって来た。そのきっかけは日中文化交流協会の一員として私が訪中したとき、北京の研究所を訪問すると、驚いたことにすでに旧ソ連の協力を受け、リニアモーターを作り、実験していた。よく見ると、内部の電気関係はアメリカ製だった。日本だけ遅れていた。技術を囲っていると誰も協力しなくなる。私はそれが一番心配だ。中国では四川省や浙江省、北京市でも熱心に研究している。ミャンマーでは中国の四川省との間にリニア鉄道を敷く計画があるので、日本に視察に来た。平和的に技術を活用するのであれば協力したい。

 科学技術を発展させるには大学で基礎をきちんと教える必要がある。中国では学生たちにチャレンジするよう話したので、「チャレンジ先生」と呼ばれた。今では彼らがミャンマーやタイに技術指導に出かけているようだ。韓国でもリニア計画が持ち上がっている。リニアは騒音がなくて速いのがいい。

 中国の上海トランスラピッド(上海マグレブ)は、上海浦東国際空港にアクセスする磁気浮上式鉄道で、ドイツの技術で造られた。2003年に営業を始め、約30キロを7分20秒で結び、営業最高速度は時速430キロで、商業用リニアモーターカーとしては世界初である。方式は日本と全く違い、磁石が鉄にくっつく力を利用して浮上させている。強すぎるとくっつくので、隙間ができるよう電流によって磁石の強さを調節する。その隙間が狭すぎるので事故を起こし、評判を落とした。ドイツはもっと隙間を広げて、北京での実用化を目指している。中国でのリニアが成功しないと、リニアはだめだという評判になるのが困る。磁石を最初に利用したのは秦の始皇帝が作らせた指南車で、つまり磁石付きの車だ。これがあったので始皇帝は広大な中国を支配することができた。
 
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常温超電導でレアメタルが重要に

 日本船舶振興会の笹川良一会長(故人)に頼まれて、宮崎でリニアに乗せたことがある。喜んだ彼は、リニアを応援するから、船のリニアに協力するよう頼まれた。私が潜水艦や特殊潜航艇の開発に携わっていたことを、彼は知っていた。翌年の正月に、息子の笹川陽平氏から新しい船の資料が送られてきた。そこで、海水に電気を流し、電磁推進で船を走らせる方法を考え、実験船「ヤマト1号」を造った。実用化は考えていない。私は船と潜水艦の両用船を造りたいと考えている。

 次に、自動車に応用して、ハンドルの要らない自動車を考えた。ロサンゼルスでの国際会議でその話をしたところ、アメリカ人はとても興味を示した。そこで1年後の会議でモデルカーを走らせることになり、実際に郊外で走らせた。外でチューニングをしていると、それを見ようと会議参加者がみんな出てきたので会議ができなくなったほどだ。

 ほかにはエレベーターも考えた。超電導があれば小型で強力な磁石ができるので、可能になる。ところが、その開発が進んでいないし、日本では関心がなさ過ぎる。永久磁石の製造にはレアメタルが必要だが、日本では採れない。中国の友人が採掘権を売ってもいいと言ったことがあったが、日本で買おうという人はいなかった。常温超電導は不可能だと思っていたからだ。不可能だと思われているから挑戦になるのだが、それをやる人がいない。だから、日本人は世界から軽く見られている。

 ところが、最近になって常温超電導が可能だという説が出てくると、レアメタルの採掘権を持っている人を紹介するよう頼まれるようになった。私はすでにアメリカの友達に紹介していたので、断った。私がその中国人のことを話すと、彼は世界のレアメタルの地図を取り出し、その場所と人物を言い当てた。これから、常温超電導の開発ではアメリカがリードするのではないか。日本はそれを輸入するしかない。このままでは21世紀の遠くない時期に、日本はアメリカの一つの州になるかもしれない。それが嫌で、戦争を生き延び、これまで努力してきたのにという思いがある。

 常温超電導の発表はソ連とアメリカが偶然、同じ年の同じ日に行った。それで勝ち負けなしにしたのだろう。そこで常温超電導は可能だとなっているが、その物質はまだ発見されていない。有機体のほうが有望だろうと考えられている。
 
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子供たちにチャレンジ精神を

 昨年、世界の子供の科学技術レベルを調査したところ、中国がトップで日本の子供は番外だった。日本はチャレンジしなくなったのではないか。これから日本の科学技術レベルはもっと下がるだろう。ロサンゼルスの郊外に、NASAを辞めた人たちが作っている博物館がある。そこでは、子供たちが何をしたがるか、どうやって遊ぶかを研究する。展示場よりも、子供たちが遊んだり、物を作ったりする施設のほうが広い。それに比べて日本の博物館は、子供は見るだけというのが多いので、子供が夢中になれるような施設ではない。建物は立派でも、それでは子供は育たない。

 子供たちの好奇心を引き出すような教育が必要だ。私は子供の頃、イナゴを食べた話をしたところ、子供たちはどうやって食べたのか質問してきた。今は自然の中で遊ぶ機会が少なくなっているので、自然を体験させることも必要だろう。私は福山で生まれ、子供時代を岡山で過ごした。当時のおやつは大きな鍋でゆでたシャコで、とてもおいしかったのを覚えている。おかげでシャコの皮むきが上手になった。シャコも少なくなり、そんなことが次第にできなくなってきた。
 
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「イノベーション25」は実現可能

 2007年5月にJR東海は「イノベーション25」を発表して、2025年にはリニアモーターカーの実用化を目指すとしたが、それは可能だ。必要なのは政治的決断なのだが、残念ながらそれだけの決断ができる大物政治家がいなくなった。リニア中央新幹線を発表した当初、名古屋には停まらない計画になっていた。名古屋を通過しようとすると、木曽川をかなり南下しないといけないからだ。長野から岐阜を通って奈良を通過し、大阪に至る線で、京都にも停まらないことから、京都の人たちに大反対された。リニアは東京から大阪まで1時間なので、大阪まで行き、そこから京都に引き返したほうがいいだろう。私は京都大学でお世話になったが、京都にリニアを停めることはできない。

 最近、神奈川県の松沢成文知事が成田空港と羽田空港を地下リニアで15分で結ぶ構想を打ち上げたが、それを最初に提案したのは私だ。リニア中央新幹線は成田まで通じる構想だった。JRと私鉄の対立などがあり、うまくいかなかったが、実現可能性は十分あると思う。成田・羽田間も必要なのは政治的決断だけだ。それを決めるのは国民なので、国民への啓蒙が必要である。
 リニアを北海道まで延ばす際、雪が問題になったが、高速で走ると車体が雪を飛ばすので障害にならないことが分かった。停電や地震への対策も十分研究されている。

 リニアの次はチューブ式だと考えられていて、アメリカでは既に実験を始めている。1本のチューブで人と物を、もう1本で電気や情報を運ぶ。超電導なので送電ロスがない。超電導の送電線は九州大学で研究が進んでいる。国連もチューブ輸送システムに非常な関心を示している。カナダのモントリオールで開かれた国際会議で私が発表したところ、とても喜ばれた。夜間電力を昼の国に送電すれば、世界的に電力需給が調整できる。リニアの技術は今のところ日本が世界トップだが、国力の基本としてさらに研究を進めるべきだ。そのためには、メディアや国民の支持が必要になる。

         
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 京谷 好泰(きょうたに・よしひろ) 大正15(1926)年、広島県福山市生まれ。昭和23年、京都大学工学部卒業、同年、運輸省に入省。43年、国鉄本社技師長室調査役となり、超電導磁気浮上式鉄道の調査研究に取り組み、リニアモーターカー開発を中心的に指揮する。58年、浮上式鉄道技術開発推進本部長。現在、アテック代表取締役。平成10年、勲三等瑞宝章を授与される。著書に『10センチの思考法』など。

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