日産自動車と東風汽車の合弁
日産、台湾系の「裕隆
汽車」を活用
ー製造拠点・車種・台数など、大枠が出そろうー


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 先行する「ホンダ」「トヨタ」に遅れをとっていた「日産」の本格的な中国自動車市場参入であるが、一時期は、年内の「東風汽車」との提携調印は難しいのではないかと、気をもんだ。2002年9月18日の提携合意発表、翌日の9月19日には、カルロス・ゴーン社長自らが中国入りして、包括提携に正式調印した。これはある意味では、電撃的ともいえなくはない。

 ところで、日産自動車の場合、中国自動車産業のなかにあって、地理(域)的(生産・販売など)あるいは、環境的(部品調達能力など)な面から見て、他の「ビッグスリー」(「第一汽車」「上海汽車」)よりも厳しい工場立地といえる。すなわち、北京・天津など東北エリアをかかえる「第一汽車」、上海など東部・長江デルタエリアをかかえる「上海汽車」−−など、大消費地に生産・販売拠点を有する上記二大メーカーとは異なり、長江流域の比較的内陸部に位置する武漢より、さらに遠隔地に生産工場など施設群が立地することになる註1

 しかしここで、敢えて「東風汽車」との包括的提携の利点を指摘するならば、
 
 @長江という中国を二分する河川流域と、さらにそこから派生する中西部全体を「販売エリア」とすることができる。

 A東風汽車自体が元来、トラック・バスなどの商用車部門註2に強く、成長発展を続ける中国経済にあっては、この部門において今後、リーディング・カンパーニーとしての独占的な地位を築ける註3

 −−などが考えられる。
 註1:日産自動車は全日空などと提携し、社員らを毎週、旅客機で日本から中国・湖北省襄樊市にある合弁工場に「通勤」させる。この試みはゴーン社長の陣頭指揮で実現した。中国の大手自動車メーカー、東風汽車集団と合弁で設立した商用車工場がある襄樊市は、内陸の地方都市で娯楽施設も乏しいため、「日本人社員や家族の長期の駐在生活は無理」と判断。社員らを毎週、旅客機で月曜日に中国に送り、金曜日に日本に戻すことになった) 

 
註2:2001年度の東風汽車の自動車生産台数は約26万台であるが、そのうち7割ほどがトラック・バスなどの商用車部門である。)

 (
註3:その手始めとして、カルロス・ゴーン社長は9月19日、北京市内での記者会見で、「東風汽車と合弁で設立する新会社の商用車部門の強化策として、スウェーデンのボルボや日産ディーゼルと提携する方針」であることを明らかにしている。また合弁会社は、東風汽車のトラックやバス事業も引き継ぐため、外資合弁では初めて全分野を扱う、総合自動車メーカーとなる(註4))

 (
註同:日産自動車は東風汽車との合弁会社で生産する小型トラックを、2003年からアジア・アフリカ地域へ輸出する方針を明らかにした。輸出するのは十堰工場(湖北省)などで生産する一部車両。中国国内向けとほぼ同じ仕様で、年間1,000台規模の見通し。輸出ブランドは「日産」か「東風」かは未定。中国生産の乗用車は輸出しない。)

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註同:日産ディーゼルは中国・湖北省の東風汽車と、大型超高級バス用のエアサスペンションの開発援助契約を締結した。また開発援助契約の締結と同時に、東風グループ傘下の生産会社である「東風杭州汽車」とバスの生産技術援助に関する契約も締結した。)

 (
註4:今なにかと注目を浴びている中国の乗用車部門であるが、「2001年度」の中国自動車生産はおよそ230万台であるが、そのうちトラックが約80万台、バスが約83万台と商用車が全体の2/3を占めている。乗用車部門の個人ユーザーの飛躍的な伸びが強調されがちではあるが、今後の中国経済のさらなる発展要素を加味すると、短距離や中長距離・トラック輸送による「物流輸送」や、余暇など観光ブームの到来による大型バスの需要はここしばらくは継続するものと予想される。)

 では具体的に、今回の「提携」内容」を見てみよう(2002年9月現在=左記の図参照

 @両社は折半出資で新会社「東風汽車有限公司」(本社:湖北省・武漢市=登記上の本社(註※)を設立する。

 A乗用車生産は2006年に22万台の計画。2003年から新たに「サニー」の生産を開始。その後、「マーチ」「セフィーロ」など、小型・中型・SUVを含む6車種を日産ブランドで販売する。

 B33万台は、トラック・バスなど商用車()で、東風ブランドで販売する。工場は新設せず、湖北省、広東省にある東風の既存工場を活用する。

 
東風商用車公司の2004年1月〜11月における商用車部門の販売台数は、合計が187,408台であった。その内訳としては、@大型トラックが103,680台(前年同期比36.48%増)、A中型トラックが50,585台(前年同期比1.17%減)、Bバスが26,591台(前年同期比30.29%増)、その他ーーなど。売上高は321億元(前年同期比32.22%増:4,173億円、1元=13円)、税引き前利益が12.27億元(159.51億円)であった。)

 ≪特集≫ 「湖北省・道路重点建設規格図

 ●なお「東風汽車有限公司」はその後、本社機能を武漢に移転 (2003年9月
 註※:中国三大自動車グループの一つ「東風汽車」は12部門、6項目のプラットフォームを含む本社を、湖北省・武漢市の技術開発区に移転した。これまで、「東風汽車」の三大拠点はそれぞれトラック生産中心の「十堰」、軽自動車中心の「襄樊」、セダン中心の「武漢」と、生産車種により区別されていた。しかし、「武漢」が東風グループの包括的な生産管理体制へ移行するのにともない、「十堰」工場も商用車生産に特化、国際市場をにらんだ「東風汽車」第一の生産基地に変貌し、商用車分野で首位を目指す。同社は「十堰」工場を生産拠点に、2006年には生産能力を年産33万台にまで拡大する方針。)

 日産・新東風、広州新工場が稼動ー年産15万台へ(2004年5月18日)

 日産自動車と東風汽車が折半出資して設立した合弁会社、「東風汽車有限公司」(新東風汽車)の新広州(花都)工場が5月18日、正式に稼動した(
右記の写真参照)。同工場は従来の旧工場に隣接して建設、4車種8モデルを同時に生産可能、年産15万台の生産能力をもつ。

 (参照):「広州市花都区の新乗用車生産工場の操業を開始」(「ニュースリリース」)




 以上のように、日産の中国自動車生産事業の発展要因は、ひとえにこの地理的註5、環境的要素註6をいかに克服していくかにあるといえなくはない(参照:本欄「武漢市周辺の高速道路網)。

 註5:交渉過程で、工場建設地を本拠地である湖北省に置きたい「東風」と、インフラの整備された広州に構えたい「日産」との思惑があったとされる。)

 (
註6:合弁会社工場の位置する「開発区」から武漢まではまだ高速道路が全線開通していないため、自動車で4時間ほどかかる。さらに部品産業の集積も遅れているため、部品によっては輸入品やすでに中国に進出している日系や外資系メーカーからの購入に活路を見出すことになる(註7、8)。)

 (
註7:この点については、ゴーン体制に移行した「日産」の場合、日本国内においても今までの系列関係を見直す動きがでてきている。ましてまだ基盤のない中国においては、その傾向は一層強まるのではないかと思われる。今般の「トヨタ」との次世代エンジンの開発提携などは、よい例である。)

 (
註8:日産は、生産立ち上げ時の現地調達率を40%前後で開始、その後60%にまで高める。この60%は日産が25%出資している風神汽車が「ブルーバード」を製造するうえで達成しており註9、この調達ルートを用いることになる。したがって、最終目標の現地調達率80%は、エンジンやトランスミッションなどの基幹部品以外をすべて現地調達することになる註10。)

 (
註9:風神汽車が「ブルーバード」に使用している部品の調達先は、これまで@台湾の「裕隆汽車」の現地サプライヤーの中国工場A日産と取引きのある日系サプライヤーの中国工場B風神汽車傘下の中国現地サプライヤーーーなど、約120社から購入している。)

 (
註10:日産は部品のサプライヤーを日系・欧米系とを問わず品質・納期・価格面から、最適メーカーを選定するとしている。また、内陸部にある襄樊や十堰両工場への部品供給については、日産がトラックを用意し、各地に設けた部品集積所を回って回収する方針を検討している。)



 (参照):「広東省広州市周辺の高速道路整備


合弁の経過

余 談



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